名古屋高等裁判所 昭和41年(う)255号 判決 1967年6月06日
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人桜井紀、同大矢和徳、同前島剛三共同作成名義の控訴趣意書(二通)に記載されているとおりであり、これに対する検察官の答弁は、名古屋高等検察庁検察官検事池田保之作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから、ここにこれらを引用する。
控訴趣意第一点の一について、
所論の要旨は、原判決は本件につき軽犯罪法第一条第三三号前段を適用しているが、右規定は憲法第二一条第一項に違反し無効である、というのである。
しかし、憲法第二一条第一項が保障する表現の自由は絶対無制限なものではなく、公共の福祉の要請に基く合理的制限が存するものである。ところで軽犯罪法第一条第三三号前段が、みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をすることを禁止しているのは、社会通念上正当な理由がなく、他人の家屋その他の工作物に対する権利が侵害されるのを防止することにより社会秩序を維持せんとするものであつて、結局公共の福祉を保持することを目的とするものであるから、右法案が憲法第二一条第一項に違反するものということはできない、所論はひつきよう独自の見解のもとに憲法違反を主張するものであつて採用の限りでない。論旨は理由がない。
控訴趣意第一点の二について、
所論の要旨は、軽犯罪法第一条第三三号前段所定の「みだりに」の文言は極めてあいまいであり、従つて同法条は、犯罪の構成要件を明確にしていないから、罰刑法定主義を定めた憲法第三一条に違反し無効である、というのである。
しかし、軽犯罪法第一条第三三号前段所定の「みだりに」の文言は、ひつきよう違法性を示すもので社会通念上正当な理由の存在を認めえない場合を指すものであることが明白であるから、その文言が所論のごとくあいまいであるとはいえず、同法条はそれ自体において犯罪の構成要件を明確に定めているというべきである。従つて所論はその前提を欠き採用できない。(なお所論はその論拠として原審証人長谷川正安の証言を引用しているけれども、原審が同人を証人として取調をなした事実は認められない。)
本論旨もまた理由がない。
控訴趣意第一点の三について、
所論の要旨は、軽犯罪法第一条第三三号前段に違反する罪は、その成立要件として、犯人が他人の家屋その他の工作物に、その他人の承諾を得ることなく、若しくは社会常識上是認し得るような理由もなく、はり札をし、その結果工作物の美観を害したことを必要とするものと解すべきところ、被告人らの本件ビラ貼り行為は、社会常識上是認されるべき正当の理由があり、しかも本件ビラの貼付は都市の美観を傷つけたものでなく、従つて被告人らの本件所為は前記法条の構成要件に該当しないものであるのに、原判決が、被告人らの本件所為を前記法条違反の罪に問擬したのは法令適用の誤を冒したものである、というのである。
しかし、軽犯罪法第一条第三三号前段に違反するはり札濫用の罪は、社会通念上正当な理由がなく、他人の家屋その他の工作物にはり札をすることによつて直ちに成立するものと解すべきである。ところで原判決挙示の証拠によれば、原判示認定のとおり、被告人らは共謀のうえ判示所有者または管理者の承諾を得ず、判示電柱二七本に「第一〇回原水爆禁止世界大会を成功させよう、愛知原水協」などと印刷した縦五四センチメートル、横一九・五センチメートルのビラ合計八四枚を貼付したこと、およびこれによつて右所有者または管理者の権利が侵害され同人らが迷惑を蒙つたことが認められるのであるから、被告人らの行為が、たとえ所論のごとく戦争に反対し平和を守るため原水禁世界大会の成功を国民大衆に広く伝える目的のために出でたものであつたとしても、社会通念上正当な理由が存在するものとは認めがたく、従つて原判決が被告人らの本件行為につき軽犯罪法第一条第三三号前段の法条を適用したのは正当であつて、原判決には法令適用の誤は存しない。(なお付言するに、所論は本件ビラの貼付が都市の美観を傷つけていないと主張するが、前記認定によれば、本件ビラの貼付が都市の美観を害したものと認めるのが相当である。)論旨は理由がない。
控訴趣意第二点について、
所論の要旨は、本件公訴は軽犯罪法第四条に違反し、その本来の目的を逸脱して政治目的のために、これを濫用したものであるから、原審は結局不法に本件公訴を受理したものであり、また原判決には同法第四条および第一条第三三号前段の適用の誤りがある、というのである。
しかしながら、本件訴訟記録および当審における事実取調の結果を検討するも、本件公訴が所論のごとき事由に基いてなされたことを認めるに足りる証拠はなく、従つて本件公訴は同法第四条に違反するものでもなく、また本件につき同法第一条第三三号前段を適用したことにつき何ら法令適用の誤が存しないことは前記説示のとおりであるから、論旨はいずれも理由がない。
控訴趣意第三点について、
所論の要旨は、原判決は、被告人らが本件ビラ八四枚を貼つた旨認定しているけれども、原審証人以勢節夫は被告人らが本件ビラ一枚を貼つたことしか現認しておらず、被告人らが本件ビラ八四枚全部を貼つたことを認めるに足りる証拠は何ら存しないのであるから、原判決には事実誤認、理由不備、または理由のくいちがいがある、というのである。
よつて案ずるに、なるほど原審証人以勢節夫は被告人らが本件ビラ八四枚中の一部を貼付しているのを現認したにすぎないけれども、しかし原判決挙示の原審第三回公判調書中の同証人および証人浜島芳男の各供述記載部分、司法警察員作成の捜査見分書および捜索差押調書並びに物証を総合すれば、本件のビラ八四枚は全部同種のものであり、近接した場所に所在する原判示電柱に、集中的に、同一方法により、しかも同一機会に貼られたものであること、被告人安西は本件により逮捕の際本件ビラと同種のものをなお八〇枚所持していたことがそれぞれ認められるのに加え、本件ビラ八四枚の一部が他の何人かによつて貼付されたことを疑うに足りる証拠は存しないのであるから、原判決が被告人らにおいて共謀のうえ本件ビラ八四枚を貼付した旨認定したのは相当であり、かく認定したからといつて何ら経験則に違反するものではない。従つて原判決には所論のごとき事実誤認、理由不備、または理由のくいちがいはいささかも存しない。本論旨もまた理由がない。
控訴趣意第四点について、
所論の要旨は、被告人両名に対する原審の量刑が重きに過ぎ不当である、というのである。
所論にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調の結果を参酌し、これに現われた諸般の情状を考慮すると、被告人らに対する原審の量刑は相当であり、所論中肯認し得る点を被告人らの利益に斟酌しても、これが重きに失する事情を認め得ない。本論旨もまた理由がない。
よつて本件控訴は、いずれの点からするも、その理由がないから、刑事訴訟法第三九六条に則り、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。